ドクターインタビュー
主任部長 / 心臓血管外科 嶋田 直洋
Chapter 01 回り道の先に見えた医師への道
子どもの頃から喘息を患い、小学校時代は入退院を繰り返していました。学校に通えない時期も長く、勉強は決して得意なほうではなかったと思います。
高校では応援団に所属し、正直なところ、勉強よりも部活動に打ち込む毎日でした。進学について真剣に考え始めたのは、高校3年生の春頃です。いわゆる進学校ではなかったため、受験勉強は決して楽ではありませんでしたが、北海道大学の理学部に進学することができました。
当時は物理学に興味があり、研究の道に進むことも考えていました。しかし、大学に入ってみると学業についていくのが難しく、希望していた学科には進めませんでした。そんな挫折を経験する中で、「自分はこの先、どう生きていくのか」と初めて本気で向き合うようになったのが、ちょうど20歳の頃でした。
考えあぐねる日々の中で、ふと浮かんできたのは、幼い頃、病気の治療を受けながら医療に支えられていた記憶でした。「今さらかもしれないけれど、医師という道もあるのではないか」──そう考え、再び受験勉強に挑むことを決意しました。
その後、同級生より4年遅れて札幌医科大学に入学し、ようやく医師への道を歩み始めました。
Chapter 02 消化器から心臓へ、転科が開いた次の扉
医学部入学当初は、自身の病歴から小児科医を志していました。しかし、学ぶ中で心臓カテーテル治療という分野を知り、そのスピード感と治療効果に強く惹かれるようになりました。心筋梗塞に対して、カテーテルで血流を再開させる治療を知ったときは、素直に「かっこいい」と感じたことを覚えています。
大学を卒業する頃には、循環器内科を目指そうと考えていました。ただ、初期研修の中で「内科よりも外科向きでは」と言われることが重なり、次第に自分自身もその可能性を意識するようになります。循環器と関わる心臓血管外科も視野に入りましたが、医学部入学が4年遅れていたこともあり、「今から目指すには難しいのではないか」と感じていました。
そうした経緯もあり、初期研修後は一度、消化器外科を選びました。都立の比較的大きな病院で、がんの手術などに携わる中で貴重な経験を重ねましたが、やがて「本当に自分がやりたいことはこれではないのではないか」と感じるようになります。そうした思いから、医師4年目のタイミングで心臓血管外科に進む決断をしました。年齢的には遅いスタートでしたが、「やってみなければわからない」という気持ちで一歩を踏み出しました。
Chapter 03 「OK」から始まった、海外への挑戦
心臓血管外科医としての最初の研修先は、埼玉石心会病院でした。基礎から一つひとつ丁寧に指導していただき、医師としての土台を築くことができた貴重な期間だったと思います。その後、湘南鎌倉総合病院へ移り、より多くの症例に携わる中で、「さらに多様な環境で技術を磨きたい」という思いが次第に強くなっていきました。
もともと学生時代から海外への関心が強く、インドを自転車で横断したり、中東を旅したりと、世界各地を巡る経験をしてきました。発展途上国の医療や公衆衛生にも興味はありましたが、医師として実際に関わる機会を得るのは難しいだろうと、どこかで諦めていた部分もありました。
そんな中、転機となったのが、バリ島で開催された国際学会でした。学会後、インドネシアの国立ハラパンキタ循環器病センターを見学する機会をいただき、4例ほどの手術にも携わらせていただきました。見学最終日、当時のトップに対し、思い切って「I want to get training here. OK?」と声をかけてみました。返ってきたのは、意外にも「OK」という一言でした。
軽い会話の延長のようなやり取りだったのかもしれませんが、その言葉を本気に受け止めた私は、帰国後すぐに、湘南鎌倉総合病院時代にお世話になっていた斎藤滋先生に相談しました。先生のご尽力により、現地病院との正式な調整が進み、研修が実現することになります。
こうして、私のインドネシアでの2年半にわたる研修生活がスタートしました。
Chapter 04 インドネシアでの濃密な2年半
ハラパンキタ病院での研修生活は、想像以上に実践的で密度の濃いものでした。私は毎日のように手術室に入り、朝から晩まで執刀にあたる日々を過ごしました。複数の手術室を掛け持ちすることもあり、2年半で約800例の心臓手術に参加し、そのうち約250例を執刀できたのは、大きな経験となりました。心臓外科医師としての実力を高めるには、これ以上ない環境だったと思います。
現地では医療資源が限られている場面も多く、日本では当たり前に使える止血剤や医療器具が使えないことも珍しくありません。出血のコントロールも、針と糸による手作業が基本。看護師から「その針は高価だから」と声をかけられることもありました。だからこそ、一つひとつの操作を丁寧に、無駄なく確実に行う力が自然と身についたように思います。
また、解剖学的な意味でも、非常に学びの多い環境でした。アメリカなどでの研修では、体格の大きな患者さんが多く、冠動脈などの血管も太いため、日本の手術とは感覚が異なることがあります。一方インドネシアでは、日本人よりもやや小柄な方が多く、心臓のサイズも近い印象でした。現地で培った技術や感覚は、帰国後の日本での手術にも、そのまま活かすことができています。
Chapter 05 標準的な医療を、いつでも、誰にでも
インドネシアから帰国後、いくつかの病院で経験を重ね、2020年6月に東京西徳洲会病院に赴任しました。現在は、心臓血管外科の診療科責任者として日々の診療にあたっています。
当科では、「標準的で確実な心臓外科治療を、24時間365日提供する」ことを基本方針としています。特別な医師にしかできない高度な技術ではなく、ガイドラインに基づいた安全で再現性のある医療を、誰にでも安定して届けることを大切にしています。
私自身も、「誰もが安全に受けられる標準的な手術」を提供することをモットーとしています。たとえば当院では、小切開による低侵襲手術(MICS)も行っていますが、あえて3cmなど極端に小さな切開にはこだわらず、8cm程度の切開で実施しています。これは、安全性と再現性を重視し、若手の医師でも技術を継承できるような標準化された術式を重視しているからです。
手術の適応についても、常にガイドラインや医学的根拠に基づいて判断しています。無理な手術は行いませんが、ご本人やご家族が希望し、医学的に可能と判断される場合は、高齢の方であっても手術を検討します。派手さではなく、基本に忠実な医療を積み重ねること。それが、私たちが一貫して大切にしている姿勢です。
こうした日々の取り組みの積み重ねにより、当院の心臓血管外科は、現在では多摩西部地域で有数の手術件数を担う診療科へと成長しています。重症例や緊急手術にも対応できる体制は、地域の患者さんにとっての安心につながっていると感じています。
Chapter 06 海外での経験を、次の世代へつなぐために
私がかつて臨床研修を受けたインドネシアの国立ハラパンキタ循環器病センターでは、現在、徳洲会グループが新たな心臓病専門病院の建設を進めています。これは、現地との正式な連携のもとで設立される、日本では珍しい取り組みです。完成後は、徳洲会グループの医師が公式な枠組みの中で現地医療に携われる体制が整います。
私自身にも、「再び現地で医療に関わってほしい」とのお声がけをいただいており、タイミングが合えば、再びインドネシアでの医療活動に参加することも視野に入れています。若手医師が実践的な経験を積む場としても、非常に意義のある機会になるはずです。
かつて私が現地での研修を受けていた頃は、無給かつ十分な設備とは言えない環境でしたが、その経験は、今でもかけがえのない時間だったと感じています。だからこそ、今度は組織としてしっかりと支援体制を整えたうえで、若い医師たちに海外の医療現場を体験してもらえるような仕組みづくりに関わっていけたらと思っています。
Chapter 07 安全は、日々の体制から生まれる
当院の心臓血管外科では、年間100例を超える心臓手術を行っており、重症例や緊急手術にも対応できる体制を整えています。今後は、大動脈疾患に特化した東京都の「大動脈スーパーネットワーク」において重点病院としての役割を担うことを見据え、受け入れ体制のさらなる強化を進めてまいります。
診療科間の連携においては、コンパクトな組織体制を活かし、医師同士が科を超えて密に連携することで、迅速な方針決定と対応が可能です。循環器分野では、循環器内科との連携のもと、カテーテルによる大動脈弁置換術(TAVI)の導入も進んでおり、患者さんの年齢や基礎疾患、ご希望に応じて、外科治療・カテーテル治療の両面から最適な治療法を提案できる環境が整いつつあります。
また、総合病院として、他臓器に合併症を持つ患者さんにも柔軟に対応できる点も当院の強みです。医師だけでなく、診療看護師や認定看護師、医師事務作業補助者など、多職種がチームに加わることで、外科医が本来の役割である「手術」に集中できる体制づくりを推進しています。
今後も、「いつでも、安全性の高い標準的な治療を受けられる体制」を軸に、24時間365日、確かな医療を提供し続けていきます。地域の皆さまにとって、安心して相談できる診療科であり続けられるよう、引き続き取り組んでまいります。
主任部長 嶋田 直洋
専門分野
- 成人心臓血管外科全般
- 特に冠動脈バイパス術および急性大動脈解離に対する外科治療
経歴
- 2006年 札幌医科大学 卒業
- 2009年 埼玉石心会病院 心臓血管外科
- 2011年 湘南鎌倉総合病院 心臓血管外科
- 2013年 インドネシア国立循環器病センター ハラパンキタ病院 成人心臓外科フェロー
- 2016年 札幌東徳洲会病院 心臓血管外科 医長
- 2017年 かわぐち心臓呼吸器病院 心臓血管外科 科長
- 2018年 相模原協同病院 心臓血管外科 副部長
- 2019年 東京臨海病院 心臓血管外科 副部長
- 2020年 東京西徳洲会病院 心臓血管外科 部長
資格・専門医
- 心臓血管外科専門医
- 心臓血管外科修練指導医
- 低侵襲心臓手術認定医
- 外科専門医
- 下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術実施医
- インドネシア語検定C級