ドクターインタビュー

すべてを診て、すべてに責任を持つ丁寧な治療で地域に寄り添う
すべてを診て、すべてに責任を持つ丁寧な治療で地域に寄り添う

院長 / 心臓血管センター 堂前 洋

Chapter 01 心臓と向き合う人生の原点

私は愛媛県に生まれ、山口県岩国市で育ちました。両親と兄2人の5人家族で、私は三男。両親はともに会社員で、医療とは縁のない、ごく普通の家庭でした。

医師を志すようになったきっかけは、子どもの頃に通っていた近所の診療所での体験です。風邪をひいたり、熱を出したりすると、決まってその診療所を訪れ、甘くて飲みやすいシロップ薬を処方してもらっていました。その味とともに、先生の穏やかな話し方や、胸に聴診器を当てられたときの感覚が、今でも記憶に残っています。

振り返れば、そんな日常の中の何気ない体験の積み重ねが、医師という職業への憧れを少しずつ育ててくれたのだと思います。小学校の卒業文集には「将来はお医者さんになりたい」と書いていました。その気持ちは揺らぐことなく、高校卒業後は山口大学医学部に進学しました。

Chapter 02 心電図に導かれて循環器の世界へ

医学部時代、私が特に惹かれたのが心電図でした。授業で波形を目にしたとき、「どうしてこんな形をしているのか」「病気によってどう変化するのか」といった素朴な疑問が尽きず、強い興味を抱くようになりました。心臓は筋肉と電気の線で構成されている特殊な臓器であり、その構造と機能のつながりに大きな奥深さと魅力を感じたのです。大学生の頃には、心電図や心臓の構造に関する専門書を自ら手に取り、夢中になって読み込んでいました。

こうして興味を深めていく中で、私が循環器内科を専門に選んだのは、ひとつの分野にとどまらない広がりと可能性に惹かれたからです。血管治療、不整脈、ペースメーカー、心不全——本来であればそれぞれの領域に分かれて専門性を高めていくのが一般的ですが、私は「どれか一つ」ではなく、「すべてに関わりたい」と思っていました。心臓というひとつの臓器に、これほど多様なアプローチができる分野は他にありません。二刀流、三刀流、四刀流と、診療の幅を広げていける。循環器内科には、そうした柔軟さと奥行きがあると感じたのです。

Chapter 03 26歳、カテーテル治療の現場へ

山口大学を卒業後、同大学の医局に入局し、山口県済生会下関総合病院で循環器内科医としてのキャリアをスタートしました。実は山口県は、心臓カテーテル治療が日本に上陸した初期の地域のひとつとされており、同院にはこの分野で著名な3人の指導医が在籍していました。そうした先生方から直接指導を受けられる環境は、若手医師にとって大きな学びの場でした。

さらに、同院では研修医1年目の終わりに、2年目以降の進路を自ら選択できる制度があり、私は迷うことなく冠動脈カテーテル治療の道を志願しました。スペシャリストとして、誰よりも上手くなりたいという強い思いがあったからです。

現在では、大学卒業後に初期研修2年・専攻医3年というステップを経て、30歳前後でようやくカテーテル治療の現場に立つのが一般的です。しかし当時の私は、26歳という若さで実際の手技に携わる機会をいただくことができました。早い段階から現場で経験を積ませてもらえたことは、その後のキャリアの大きな礎となり、医師としての自信にもつながったと感じています。

Chapter 04 最前線の技術を学びに、山口から神奈川へ

下関総合病院での勤務が2年半を迎えた頃、更なる技術の向上を目指していた私にとって、大きな転機となる出会いがありました。それが、当時カテーテル治療の三大拠点の一つとして注目されていた湘南鎌倉総合病院の齋藤滋先生です。先生の手技を映像などで目にし、その技術と存在感に強く惹かれました。

直接お会いしたことはなかったものの、「この先生の隣に立って学びたい」という気持ちは日に日に強まり、ついには自分から直接病院へ電話をかけ、お願いするに至りました。すると、ありがたいことに快く受け入れていただくことができ、2003年10月、湘南鎌倉総合病院へ入職することとなりました。

Chapter 05 一つの専門にとどまらないという選択

湘南鎌倉総合病院に入職して3年が経つ頃には、冠動脈カテーテル治療に関して、自分なりに一定の手応えを感じられるようになっていました。そんな中で次第に興味を惹かれるようになったのが、心臓の電気の線とも言える、不整脈の分野でした。

ところが当時の湘南鎌倉総合病院には、不整脈治療を本格的に学べる指導体制が整っていませんでした。そこで私は、専門的な修練を積むために、一度病院を離れることを検討します。齋藤先生に「不整脈の勉強をするために、外へ出たい」と申し出たところ、「お前はまだここでやるべきことがある」と、強く引き止められたことを、今でも鮮明に覚えています。

そんな折、まさに偶然とも言えるタイミングで、不整脈治療の第一人者である高橋淳先生が、湘南鎌倉にほど近い横須賀共済病院で診療されていることを知りました。私の強い意志を汲み取ってくださった齋藤先生は、高橋先生に直接ご依頼くださったのです。「うちの若い医師が不整脈を学びたがっている。ご指導いただけないか」と。

心臓カテーテル治療の分野で極めて著名なお二人の間で、そのようなやり取りが行われたことは、今思い返しても大変ありがたく、光栄な出来事でした。そのご縁から高橋先生が湘南鎌倉に出向いてくださり、私はその後3年間、直接ご指導を受けながら、不整脈カテーテルアブレーションの技術をみっちり学ばせていただくことができました。

Chapter 06 東京西で始めたゼロからの挑戦

2009年、徳洲会グループ創始者である徳田虎雄先生から、東京西徳洲会病院で心臓血管センターを立ち上げてほしいという依頼をいただきました。当時、私は34歳。現場で循環器内科医としての経験を積んできた私にとって、ゼロから自分のチームを作り上げることは、大きな挑戦であり、次のステージへの一歩でした。

赴任当初は、私ひとりに加えて、湘南鎌倉総合病院から3か月交代で派遣される若手医師との2名体制でのスタート。心臓カテーテル治療を含む日々の診療に加え、救急対応や外来、病棟業務、さらには地域の先生方へのご挨拶にも奔走する毎日でした。体力的にも精神的にも限界に近い日々ではありましたが、「この病院に循環器診療を根づかせたい」という強い思いが支えになりました。

さらに、東京という医療の中心地において、大学医局の派遣に頼らず、自らの手で仲間を集め、一から育てていくのは簡単なことではありません。それでも時間をかけて少しずつ仲間が増え、1人から2人、3人と体制が整い、現在は5名体制へと成長しました。

私が指導してきた医師たちは、いずれも当院で循環器を学び、経験を積んできたメンバーです。誰もが「地域のために力を尽くしたい」という思いを持ち、チーム一丸となって患者さんと向き合っています。大学病院や基幹病院とは違った形で、地域に密着した循環器医療を届ける。その使命感は今も、チームの中心にあります。

Chapter 07 心臓をまるごと診るということ

心臓は小さな臓器ですが、血管・筋肉・電気といった複雑な構造をもち、病気の種類や治療法も多岐にわたります。狭心症のような血管の病気、不整脈、弁膜症など、それぞれに異なるアプローチが必要です。

当院の循環器内科では、そうした分野を分けず、一つのチームで総合的に診療する「トータルコーディネート型」の体制をとっています。血管治療だけ、不整脈だけ、といった縦割りではなく、患者さん一人ひとりの病状に合わせて、最適な診療方針をチームで考え、実行しています。

私自身、これまでカテーテル治療や不整脈、ペースメーカーなど複数の分野に携わってきた経験があり、幅広い視点から患者さんを診ることの大切さを実感してきました。当科の医師たちもそれぞれ得意分野を持ちながら、全体を見渡す視点を持って診療にあたっています。

それからもう一つ、私たちが大切にしているのは「丁寧な医療」です。最先端の機器や治療法に頼りきるのでなく、目の前の患者さんにとって本当に必要な治療を見極め、一つひとつの治療を丁寧に積み重ねていく。誰にでもできるわけではないけれど、だからこそ意味のある、昔ながらの職人仕事のような医療を、これからも提供していきたいと考えています。

Chapter 08 たすきを受け取り、また託す医療

循環器の診療において、カテーテルや不整脈といった技術的な治療が必要な場面は、実は限られています。実際に心臓の健康を維持していくうえで最も大切なのは、日々の薬の調整や体調の変化を見守るといった「日常の診療」です。

その日常のケアを支えてくださっているのが、地域の開業医の先生方です。私たちは、そうした先生方のご尽力に、常に敬意と感謝の気持ちを持って接することを大切にしています。

私たちの役割は、全体の医療の中のごく一部に過ぎません。必要な検査や治療を終えたあとは、患者さんのこれまでの経過や治療内容を丁寧にまとめ、地域の先生へとお返ししています。特に、「紹介された患者さんがその後どのような経過をたどったのか」が一目でわかるよう、時系列を意識した返書の作成など、医師同士の信頼をつなぐ情報共有にも力を入れています。

また、カテーテル治療を終えた患者さんには、年に1度、当院で定期チェックを行う「グリーンカード外来」を設けています。日常の診療は地域の先生方にお願いしつつ、私たちも責任を持って全体の健康状態を見守っていく。患者さんにとっても、いざという時に相談できる場所があることが、大きな安心感につながると考えています。

Chapter 09 すぐそばに、全身を診られる安心を

私が当院に着任した当時、この病院で本格的に稼働していたのは、歯科口腔外科と循環器内科のみでした。そのため、症状によっては患者さんを隣町の病院に紹介せざるを得ないこともあり、「自分の患者さんをすべてこの病院で診ることができない」というもどかしさを日々感じていました。

それから15年以上が経ち、今では整形外科、脳神経外科、消化器外科など、次々と診療科が拡充され、全身を診られる総合病院としての体制が着実に整ってきました。これは単に診療科が増えたというだけではありません。各分野の医師が連携し、患者さんをチームで支える体制が根づき始めているという点で、病院として大きな進化だと感じています。かつて循環器内科が先陣を切って築いてきた診療のかたちが、今では院内全体に広がりつつあります。

今後も、地域の皆さんにとって「困ったときにまず頼れる病院」であり続けるために、私たちはこれからも進化を続けていきます。医療体制の整備が進み、これまで対応が難しかった領域にも取り組めるようになってきました。これからも、地域に根差した病院として、患者さん一人ひとりに寄り添った丁寧な医療を届けていきたいと考えています。

院長/心臓血管センター長/循環器内科部長/地域連携室長 堂前 洋

専門分野
  • 循環器内科
経歴
  • 1999年 山口大学医学部 卒業
  • 1999年 山口大学医学部付属病院 第二内科
  • 2000年 山口県済生会下関総合病院 循環器科
  • 2002年 湘南鎌倉総合病院 循環器科
  • 2008年 湘南鎌倉総合病院 循環器科 医長
  • 2009年 東京西徳洲会病院 心臓血管センター長
  • 2009年 東京西徳洲会病院 循環器内科部長
  • 2014年 東京西徳洲会病院 副院長
  • 2016年 葉山ハートセンター兼務
所属学会
  • 日本心臓病学会
  • 日本心電図学会
資格・専門医
  • 日本循環器学会 循環器専門医
  • 日本心血管インターベンション学会(CVIT)専門医・指導医
  • 日本内科学会 内科認定医
  • 日本心臓病学会
  • 日本心電図学会
  • 植込み型除細動器研修証取得
  • 「ペーシングによる心不全治療」研修証取得

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